大河内 敦の裏blog(番外編)

広告会社に勤める一級建築士の断食経験とその後。

5月10日(金)  ー 本断食8日目

ここ数日、五月らしくない天候が続いたが、ついに今日から本格的に暖かい日が続くらしい。本日の最高気温26度。夏日である。朝窓を開けると空全体に拡がった薄い薄い雲を貫いて朝日が射していた。山の緑も影が濃い。

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この2日ほど睡眠時間が短くなっている。入所以来8時になると眠くなり布団に入っていたが、昨日は気が付くと消灯時間の9時を過ぎていた。布団に入ってもなかなか寝付けなかった。疲労が取れてきたからかもしれない。

胸の筋肉薄くなっている。ここ10数年、週2回ほどのジム通いをしてボディビルダーの様に胸が動かせるまで筋肉が付いていたのだが。ためしに動かしてみると動きが少し鈍い。筋肉が緩んでいる感じだ。これも「冬眠状が態」の結果か。ウェストも急に減った。増え続けていた体脂肪率も減少傾向。体内の脂肪が本格的に消費され始めたのかもしれない。

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昨日、朝夕礼拝が昔は精神修養的な意味合いで始まったと書いたが、昔の静養院の風景が娯楽室に掲示されているので、それを紹介しようと思う。

静養院断食療養所は、大正7年に創立、今年で100周年になる。昭和元年に院長に着いた寺井嵩雄さんが、断食の治癒効果の科学的な実証を大学などと連携して押し進め、医療施設になった際に断食道場から断食療養所に名称変更された。

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なお、現院長は、寺井嵩雄さんのお孫さんにあたる。

当時の患者さんの病気がが治っていく様子。写真は、正岡子規の死因であり、また、堀辰夫のBL小説「燃ゆる頬」にも登場する「脊柱カリエス」軽快の経過。1か月の断食で突起が小さくなっていく様子がわかる。もともと脊柱カリエスは骨の結核で、罹患の原因は抵抗力の弱さに起因する。断食によって高まる免疫力で症状が改善されていったものかと。

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病気が改善した多くの方たち。

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館内にも多くの退所者からの感謝の辞が掲出されている。

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昭和39年には、NHKのドキュメンタリーや読売テレビ「11PM」でも紹介される。NHKが放送するからには、厳しい内容チェックがあったろうから、単なる民間療法の枠を超えたエビデンスがあったんだと思う。

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なお、滝にあたってらっしゃるのは、当時65歳の寺井先生。(この滝については、またご紹介します。) 

そして、私が今朝も参加した朝礼拝の当時の様子。朝日に向かって入所者が正座している。

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