大河内 敦の裏blog(番外編)

広告会社に勤める一級建築士の断食経験とその後。

5月9日(木)  ー 本断食7日目

とうとう、断食を開始して今日で一週間。今日は外の景色に薄雲が広がる。窓を開けると昨日ほどではないがひんやりした空気。私が住んでいる西宮ではありえないほど空気がカラッとしている。(昨日の最低湿度18%!)

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先生のお話だと、一週間ぐらいを境に身体が「冬眠モード」に入るらしく、エネルギーの消費量が低下し、その分体重の減少も緩やかになるらしい。いずれにしても第2段階に突入。どうなるかな。

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前にも書いたように、静養院では朝夕、娯楽室に希望者だけ集まって、礼拝をおこなう。

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院長先導の元、般若心経を3回読経、その後「正座の辞」を復唱、そして、1、2分正座をする。断食や読経と言うと、宗教的な修養をイメージするかも知れないが、この施設はそういうこととは無縁である。院長先生にこの礼拝の意味を尋ねると「昔はやはり精神修養的な側面も大きかったので、この習慣が出来た。今は、日々の療養生活にメリハリをつけるためにやっている。特に本断食中は1日中何もすることが無いので。」とのこと。

また「自然腹式呼吸になるので、身体によい。」とも。確かに般若心経を声を出して読むと、畳み掛けるようなお経で息継ぎする場所が難しく、勢い息を吐ききる感じになる。息を吐ききると、自然に胸だけでなくお腹まですぼまり、次に息を吸ったときに自然と腹式呼吸になる。なるほど。

自分の印象だけで言わせてもらうと、断食中は精神的には過敏になってイライラしがちだが、息を吐ききる様な早口の読経と、腹の底から声を出す正座の辞の復唱は、不思議と気分を落ち着かせ、そのあと最後の正座の時間、驚くほど穏やかに気分になり、木々越しの朝日があたる娯楽室で、周囲の山々の静寂が生き生きと感じられる。

この療養所ができた100年前は、もちろん医学は今ほど進歩していないし、もっと民間療法が生活に溶け込んでいたはずだ。いろんな医者にかかり、薬を飲んで、それでも治らず、ワラにすがる思いでこの療養所の扉を叩いた方もいるだろう。長い療養所の歴史のなかで不安を抱えた患者の精神状態を落ち着かせるためのメソッドとしてこの読経・復唱・座禅の習慣が出来たのかな、と思う。 

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猫院長ヒナちゃん。上の礼拝写真の手前にシッポが写っている。この療養所には4匹の猫院長がおり、朝夕の礼拝時にやってきて、よく一緒に正座している。